「ろく、癒したがりの庭」










Hello
GOOD Time
我輩はトマトネコ。
とある魔女に実験ラット扱いされて全身の身体の血が抜けてしまったんだ。
変わりに魔女は我輩の身体にトマトジュースを入れたのさ。
おかけで瞳は真っ赤に、毛の色は元の真っ黒だが髭だけ何故か赤く染まってしまっているんだ。
しかし我輩は実に猫らしく、『Dear Vegetable』の庭で楽しく気ままに過ごしているのさ!

さて今日もこの庭に、誰かがやってきたようだ。


「ん・・あ?」

ぱちぱちと瞬きをしてはゆっくりと起き上がる。
辺りに広がっているのは緑。緑。緑。
しかしここは自然な森ではなく、人工的に作られたような緑だ。

「畑・・、庭・・?」


小首を傾げる。

こんな所来た覚えなどないし、そもそもどこだここは・・。


「あら可愛いお客様ね」


地面に座り込んだままぼーっとしてしまっていると不意に影に包まれた。
顔を上げて目を丸くする。日傘を差した白いワンピースの女性。


「まあ、お立ちなさいな」


女性はす、と片手を差し出した。
それを呆然と見上げる。


「か・・河野・・?」


小さく零すと女性は不思議そうな顔をした。
髪の色は違うけど、顔や声はうりふたつだ。


「私はフラムと申しますわ。」


フラムと名乗った女性。確かに金色の髪は外国人っぽい。
ということは超そっくりさんという事か。


「あ、ああ・・すみません・・知り合いに似ていたものでつい・・。」


謝りながらも立ち上がった。


「俺は、えーと・・晴と言います。」


とりあえず名乗った。
フラムは微笑み、晴さま、と繰り返した。


「晴さまはラディッシュをご存知?」


ここはどこですか、と聞こうとした瞬間に不意にフラムに質問をされた。
しかも聞かれるとは思ってもいない事を。


「えっ・・と、知ってます、けど・・野菜のですよね・・?」


恐る恐る答えると、フラムは嬉しそうに微笑んだ。
ええそうですわ、と。


「今朝収穫したんですの。良かったら召し上がってくださいまし?」


テレビでしか聞いた事の無いようなとてもお上品な言葉使いでフラムは言った。
顔はそのままなのに河野とは全然違う・・、等と思っているとフラムに腕を取られる。


「にんじんのケーキも焼いたんですのよ」


フラムは嬉しくて仕方ないという風に話ながら
腕を取られて顔を赤くする晴を引っ張っていった。
緑の中に白壁の家が見えた。
それにしてもここはどこだろう。近所にこんなとこは・・無いな。うん。
普通に家に帰ってただけなのに。


お待ちくださいまし、と言われ座らされた家と庭の間。
目の前に置かれたテーブルを見つめながら晴は考えていた。
家も庭も広いし、フラムは相当な金持ちと見える。


「どうしたら良いんだ・・」


晴は呟き、空を見上げようと首を上に。空は青くて、
白い壁の家を縁取るように蔦が登り、そこから紫色の果実がなっていた。


「良い天気だな・・」


思わずそう零してしまった。
なんだか時間がゆっくり流れているような気がする。
雲がゆっくり流れているせいだろうか。


「全くもって今日は良い天気だ!それには賛同しよう」


突然下から声が聞こえて、晴は首を下へ。
足元に黒い猫が座ってこちらを見上げている。
髭と眼が赤い。


「ん?」


晴は眉間にシワを寄せた。
何で猫しかいないんだ。確実に声が聞こえたのに。


「安心したまえ、ちゃんと我輩の声だよ」


猫はそう言い、晴が眼を見開いている間に一飛びでテーブルの上に乗った。


「な、な、なんで猫が・・!?」


晴は瞬きを繰り返しながら目の前の猫を凝視。
猫は眼を細める。


「なんで喋っているのかって?じゃあ聞くが、猫が喋らないなんて誰が決めたんだ?」


やれやれ、と猫は首を横に振った。
なんだか呆れているようだ。


「普通猫は、にゃあだろ?」


晴はやはり未だに信じれず、猫に顔を近付けた。


「人間だって、にゃあと言えるじゃないか。
我輩達もにゃあと言える。君は日本語や英語を喋り、我輩もそう。
何かおかしなことがあるのかね?」


晴は、でも、と言おうとしてやめた。
確かに猫の言う事は最もかもしれない。なんて思ってしまうのだ。


「そういう・・もんか?」


晴が小首を傾げると猫は、そういうものさ、と返した。
もうそういうものになってしまった。


「申し遅れたね、我輩はトマトネコ。この庭で厄介になっている。」


猫は、よろしく頼むよ、と言っては人間のように片手・・片前足を差し出した。
まるでお手である。


「晴・・です。トマトネコって名前なのか・・?

種類じゃなくて?、とかいいながら晴は怖ず怖ず差し出された前足を取って握手をした。
やはり猫の手だ。

「ああ・・本名は長すぎて忘れてしまってね。皆そう呼ぶんだ。」


トマトネコはそう言ってはぴん、と赤い髭を伸ばした。
確かに髭や瞳の色はトマト色だった。


「しかし晴、空を見上げて良い天気だなあなんて叫ぶのは疲れている証拠だよ。」


何か悩みでもあるのかい、と突然出会って間もない猫に聞かれた。
晴は、悩み?、と笑った。

確かに緊急事態に呑気に空を見上げるなんて疲れているのかもしれないけど。


「しかも現実逃避をしようとしている。癒しが欲しいだけの疲れなら緑に眼が行くはずさ。」

トマトネコはそう言って庭へと赤い瞳を向けた。
晴もそちらを見る。
畑のように耕された茶色の土は四角形に並び様々な植物が植わり、
実を付けているものや花を咲かせているものもある。

畑でない所は芝のような緑の草が敷き詰められていた。
確かに・・癒されるが。


「現実逃避かあ・・じゃあやっぱ夢なのかな?」


晴は薄々感じていた事を呟き、庭からトマトネコへと眼を向けた。
トマトネコは未だに庭を見つめる。


「夢だと思うのかい?」


そう聞いてはトマトネコはようやくこちらを向いた。


「そりゃ・・夢って考えるのが普通じゃないか?」


聞き返すと、普通か、とトマトネコは笑った。
尻尾をひらひらと動かして。


「普通というのは自分の中にしか無いのだよ。
自分の中は、自分しか知らない。我輩は晴では無いから晴の普通は解らない。
逆もまた然りだ。」


晴は黙ってしまった。さっきからトマトネコは自分より遥かに広い物の見方をしている。
かつ、自分の中にしかない普通に縋ろうとする晴にも解る言葉で説明してくれるのだ。

トマトネコは相当頭が良いにちがいない。


「夢か現実か、我輩の中の普通ではこの世界を呼ぶ言葉はその二択だけでは無いのだよ。
名前のつかない数多くの次元が存在しているのだから、・・というのが我輩の普通だ。」


晴は思わず、成る程、と言った。感心してしまったのだ。


「・・じゃあトマトネコの中の普通では、俺は今何処にいるんだ?」


トマトネコが言うには晴の身に起きている出来事は、
夢か現かの二枚の紙では測れないらしい。
晴が聞くと、ふむ、とトマトネコはまた庭を見た。


「君がいる場所は、癒したがりの魔女フラムの『Dear Vegetable』の庭。

晴が知っている言葉で当て嵌めると・・並行した次元・・・・いやパラレルワールドとでも言うかな?」


トマトネコの言葉に、パラレルワールドか・・、と晴は呟いた。

らば納得したような気がする。
夢でも現実でもない別世界。そこにどういう訳か来てしまったのだ。


「癒したがりの・・ってフラムは魔女なのか?」


トマトネコの言葉を繰り返しては、晴はフラムが消えていった家を見た。


「そういう風に呼ばれている。」


トマトネコはそう返し、安心したまえ悪い魔女なんかじゃあないさ、と言った。

「私が、何でしょう?」


声が聞こえて晴は顔をあげ、トマトネコは振り返った。
トレーを持ったフラムが立っていた。


「ふふ、何でもないさ。それより喜びたまえ、晴は相当お疲れのようだ」


トマトネコは眼を細めて笑い、テーブルの端へと移動した。
フラムは、まあ、といいながらトレーをテーブルに置く。


「そうでしたの・・それならもっと色々作ったら良かったわ」


フラムは何故か残念そうに、それでもどこか楽しそうに言った。
真っ白なトレーの上には色とりどりの野菜等が乗っている。


「いえあの、充分です。」


これだけでも晴の普段の食事より相当豪華である。


「遠慮せずに沢山召し上がってくださいまし?

食べる事は生きる事、全てはそこから始まるのですわ。」


フラムは円形のテーブルに丸い皿を並べ、椅子に座った。
さっき言ってたラディッシュのサラダやにんじんのケーキ。その他にも色々ある。
フラムが、癒したがりの魔女、というのは本当らしかった。

晴を持て成したくて堪らないようだ。
でもそれが嫌でも無く、晴はフォークを片手に
ケーキを切り分けるフラムやトマトを共食いするトマトネコを見た。
そこには晴が生きている日常は何処にも無かったけど、もしも、ここに日常があったなら、幸せかもしれないと少し思った。


「トマトネコ、フラム・・さん、ありがとう」


ただ何気なく、庭の野菜が並んでいる。
それで良いじゃ無いですか、とエプロン姿の魔女が笑う。
でも俺が生きている現実は、それだけでは駄目なんだけど。
それだって良いじゃないか、と猫が眼を細める。
空と緑と丸い皿、それだって良いじゃないかと。

「ああ、全くだな・・」

小さく笑った。フラムとトマトネコの庭で。










「晴ーっ!おーいっ!」


遠くで呼ばれていたのが段々近くなって、晴は眼を見開いた。
その瞬間後ろからドン、と何かに押されよろける


「うおッ?!」


晴は零しながら振り返った。
セーラー服に黒髪の少女が立っている。


「・・ふ、フラム・・?」


晴が言うと少女は眉間にシワを寄せて、はあ?、と。


「私河野なんですけど」


バリバリ日本人、と河野は呆れたように言った。
ああそうか、戻ってきたんだ。晴は頭をかいて、あーそうだったな、と返す。
晴はなんだかやっぱり夢を見ていたような気分だった。

持たされている鞄の重みは嫌なくらい現実だと教えてくれている。


「ま、いーや。何か元気そうで良かったし」


河野は鞄を振り回しては歩き出した、何が?、といいながら晴も並んで歩き出す。


「昨日元気無かったじゃん。溜息ついて空ばっかり見てさ」


河野の言葉に昨日の自分を思い出す。確かに、そんな感じ、だったような気もするけど。
何で悩んでいたのか、もう思い出せない。


「そうかもな、・・なあ河野。」


ん?、と河野はこちらを見た。
晴は微笑む。


「ラディッシュって知ってるか?」